2017/05/10

【読書日記】河野多惠子 男友達



2017-24
河野多惠子 男友達(河出書房版 再版)
122頁まで

ここ数日、「男友達」を読んでいる。
神保町の均一台で最近見つけた本。
河野さんの作品は初めて読む。

登場人物の仕草についての描写が独特で、
何気ない仕草でもけっこう細かいところまで描いている。

この本の初版は昭和四十年。
アパートの大家が住人の生活に干渉する様子、
主人公の市子が会社で窓外を眺めている場面で
都電が自動車に囲まれている様子など、
時代を感じさせる。

当時は携帯なんて無かったので、
電話の取り次ぎの様子など読んでいて面白い。

2017/05/06

【読書日記】吉行淳之介 湿った空乾いた空



2017-23
吉行淳之介 湿った空乾いた空(新潮社版 初版)
読了

ここ数日読んでいたのは
吉行さんのエッセイ。
恋人Mとの海外旅行の様子を描いたもの。

ひとすじ縄ではゆかない恋人で、
旅先でも喧嘩が絶えない訳だけれど
根底にはMに対する愛着のようなものが感じられて、
また、どことなくカラッとした湿度のない書きかたをしているせいか
楽しくサクサク読み進めた。

私は作家の小説作品ばかり読んでいて
エッセイにはあまり興味がなかったのだけれど、
読んでみると意外に面白いし、
話のなかで他の作家仲間のことについても触れていたりして
興味深い部分もある。

ちなみに、以前も書いたけれども
村上春樹さんのエッセイは酒の肴としてときどき読む。
この吉行さんの「湿った空乾いた空」は
最初小説だと思って買ったのだけれど
読み始めてみてエッセイであることを知った。

古書店散歩をしているからこそ
出逢えた一冊かもしれない。


2017/05/04

【読書日記】大江健三郎 見るまえに跳べ



2017-22
大江健三郎 見るまえに跳べ(新潮社版 第12刷)
読了

読み終えた。
三つ目に収められている「不意の啞」は
たしか以前読んでいる。
米軍の通訳をしている日本人の靴が紛失し、
村人が隠したのではないかと一方的に疑いをかける話。
逆上する通訳は村人からも、米軍兵士からも相手にされず
その振る舞いが滑稽にすら感じられる。
村人は直接弁明する訳でもなく、
でも、殺された村人の復讐のために通訳を殺害する場面では
言葉を発しないということが、とても不気味な印象を与える。
この、特定の個人でない「集団の不気味さ」とでもいう様な感覚は
他の大江さんの作品のなかでもしばしば顔を出す。

「喝采」は「暗い川おもい櫂」に通ずる感覚を含んでいると思う。
同性愛に溺れる主人公が、とある出来事をきっかけにして
普通の男の様に女も愛せる、といちどは自信を持つのだけれど、
結局それは勘違いであって、
一度は別れた同性の情人のもとに戻ってゆくという話。

「戦いの今日」で面白いと感じたのは
弟の心理的な「立場」の移ろいだった。
弟は憲兵に連れてゆかれる兄を助けられなかったために後ろめたさを抱く。
それを取り戻す(名誉挽回の)ために脱走兵を匿うことに
積極的な姿勢を見せたかと思うと、
いざそれを行う段になってみると恐怖心でいっぱいになってしまう。
それでも脱走兵との暮らしに慣れてしまうと、
今度は米兵に親近感すら抱く様になる。
稚拙な純情さでまったく汚れを知らない。
米兵にドブへ飛び込む様に言われても反抗することもできない。

大江さんのこれらの小説は独特の肌触り感があると思う。
とても黒くて重く、引き摺られる様なもの、とでも言ったらいいのか、
その黒いものには生理的に厭らしさを感じてしまう様なものも入っていて
それは以前「芽むしり仔撃ち」を読んだ時にも感じた。


2017/04/30

【読書日記】大江健三郎 見るまえに跳べ



2017-22
大江健三郎 見るまえに跳べ(新潮社版 第12刷)
112頁まで

ここ数日は、また大江さんを読んでいる。
表題作を含む小説集。
巻頭の「見るまえに跳べ」を読み始めて、
既視感の様なものを感じた。

以前読んだ大江作品のなかに
「われらの時代」という作品があって、
その作品も主人公は娼婦と暮らしていた。
描かれて居る女性像もどこか似通っている。
どちらの作品も、倦怠な生活から決別すべく、
主人公は女に別れを告げる。

調べてみたところ、
「見るまえに跳べ」は昭和33年に文学界に掲載、
「われらの時代」はその翌年に中央公論社から刊行されたとのこと。
ほぼ同じ時期に書かれた作品だった。

表題作も、それに続く「暗い川おもい櫂」も
人生のなかで初めて遭遇するものに
自信を持ち、自信を失い、茫然自失する、という
青春の暗い側面を描いている。

大江さんの作品に流れている色調は個人的に
私と合う、と思う。
小説に楽しさの様なものを私は求めていなくて、
どちらかというと、読んだ作品のなかに
私のこれまでの生活のなかで感覚した様なものを
見つけることができた時、
それを作家さんの視点から再確認している様なところが
私にはあるかもしれない。


2017/04/24

【読書日記】井伏鱒二 山椒魚・遙拝隊長 他七篇



2017-21
井伏鱒二 山椒魚・遙拝隊長 他七篇(岩波文庫 第8刷)
読了

ここ数日、鱒二さんの小説集を読んでいた。
「山椒魚」は以前も読んだことがあり再読。
たしかあの時は新潮文庫だったと思う。
「屋根の上のサワン」もたぶん、読んでいる。
この岩波文庫はたしか均一台で見つけ、
もともと再読しようとして買った。

今朝は居眠りでひと駅乗り過ごし、
戻りの電車をただ待っているのも何だからと
「へんろう宿」から読み始めたら、
小説の冒頭にこんな一節が。

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いま私は所用あって土佐に来てゐるが、
大體において用件も上首尾に運び、先ず何よりだと思つてゐる。
ところが一昨日、バスのなかで居眠りをして、
安藝町といふところで下車するのを遍路岬といふところまで
乘りすごした。安藝町に引き返さうとすると、
バスはもう終車が通つてしまつたといふのである。
安藝町まで六里だといふ。
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居眠りをした為に読んでいる私と重なって、
思わず微笑む。

鱒二さんの小説は、他のひとも言っているけれど、
どこかしらユーモアがある。
山椒魚などほんとうにそう思う。
サワンもそうだ。
愛嬌があって、可笑しくて、
どこか切ないのだ。